東京高等裁判所 昭和51年(行ケ)49号 判決
原告主張の審決取消事由の存否について判断する。
成立に争いのない甲第七号証(昭和五〇年五月三〇日付手続補正書、全文訂正明細書添付)によれば、補正後の発明の目的は、「従来は鋳鉄管用溶湯をキユポラより得ていたが、キユポラはその性質上高炭素である高炉銑の使用量に制約を受け、ために、処女性の悪い、かつ又品質的、寸法的に厳密な制約を受けて入手困難なる鋼屑を使用しなければならなかつた。さらに、キユポラ溶解による方法においては、鋼屑、型銑、古銑を再溶解するので、大きな熱的損失を伴うと共に、キユポラの再溶解過程において、硫黄等の有害不純物を吸収するため、さらに後続の処理過程を必要としていた。したがつて、さらに成分規制の厳しいダクタイル鋳鉄管用溶湯を得るために、前記のキユポラ溶解を利用するためには、特定のダクタイル用型銑やCr、Ti、S等のような球状化阻害元素やフエライト化阻害元素の含有量の少ない鋼屑や古銑を使用しなければならないため、非常なコスト高を招く。本発明は、……高炉溶銑に転炉を用いて酸素処理を施すことによつて、低炭素溶銑を得て、これを高炉溶銑に混合して、ダクタイル鋳鉄管用に適した成分の溶湯を得、これを溶融状態のままで、ダクタイル鋳鉄管を製造することに着目した。かくして、本発明においては、鋼屑をほとんど使用せず、処女性の高い高炉溶銑のみを用いてダクタイル鋳鉄管が製造できるようになつた。」ものであることが認められる。
(第一引用例の技術内容の認定について)
第一引用例に、「キユポラからの溶銑を転炉に移し、これに酸素吹込みを行つて精錬し、しかる後、この溶銑と精錬されていない別の溶銑とを鋳物の性質や鋳造法等に応じた所定割合で混合し、次いで、これを鋳造するようにした鋳物の鋳造技術」が示されていることは、当事者間に争いがない。補正却下決定は、第一引用例の技術内容として、右のとおりのものを認定しているのであるから、第一引用例の認定に誤りはない。
原告は、第一引用例には、高炉溶銑を用い一度も型銑とすることなく一ヒートで鋳造すること、ダクタイル鋳鉄管を製造することなどが記載されていないと主張するが、補正却下決定は、これらの点について、第一引用例に記載があるとしているのではなく、かえつて、補正後の発明と第一引用例との相違点として摘示しているのであつて、審決の非とするに足りないことは明らかであり、なんら違法はない。
(第二引用例の技術内容の認定について)
成立に争いのない甲第一五号証によれば、第二引用例には、「これら溶湯に必要に応じて黒鉛化を助長させるために、フエロシリコン、カルシウム、シリサイド又は金属シリコン等を添加して、けい素含量の補給を行つた後、固体炭素粉末で接種を行い球状又は塊状の黒鉛組織を有する強力な鋳鉄又は鋳鋼を製造することを特徴とする鋳鉄及び黒鉛鋳鋼の製造法である。」(第二頁左欄一三行目ないし右欄四行目)、「実施例3の処理工程中、脱酸処理後、フエロシリコン二%を添加した後、窒素ガス吹込みにて固体炭素粉末一%接種を行つたものでは、多量の比較的小さい球状黒鉛を含む炭素二・一%、けい素一・七一%組成の球状黒鉛鋳鉄を得ることができた。」(第三頁左欄本文一三行目ないし一七行目)との記載があることが認められ、これらの記載に徴し、第二引用例には黒鉛球状化処理が記載されているということができる。
原告は、補正後の発明におけるダクタイル処理とは、マグネシウムによる黒鉛球状化処理を指すとし、第二引用例には、右にいうダクタイル処理は記載されていないと主張する。
しかしながら、補正後の発明の明細書(前掲甲第七号証)には、実施例の説明中に、「圧力添加法にてマグネシウムを添加して球状化処理を行つた。」(第一〇頁二行目ないし四行目)との記載はあるものの、「ダクタイル処理とはマグネシウムを添加して行う黒鉛球状化処理をいう」と定義した記載はない。しかして、成立に争いのない甲第一八号証によれば、ダクタイル鋳鉄とは、溶鉄に適当の条件でマグネシウムを添加することにより鋳鉄組織中の片状黒鉛を球状化したものであるが、他方、成立に争いのない乙第一号証の一ないし三によれば、球状黒鉛鋳鉄は延性鋳鉄、ダクタイル鋳鉄、ノデユラー鋳鉄、粒状黒鉛鋳鉄などと呼ばれるが、同一のものであり、球状の黒鉛をもつ鋳鉄の名称であることが、また、成立に争いのない甲第二〇号証によれば、ダクタイル鋳鉄は、INCO社(International Nikel Co.)の発明に由来し、基本的にはマグネシウム添加によつて得られた強靱鋳鉄であり、学問的な広い意味では球状黒鉛鋳鉄に含まれるものであることがそれぞれ認められ、右事実によれば、単に「ダクタイル処理」あるいは「ダクタイル鋳鉄」と記載されている場合、これをマグネシウムによる黒鉛球状化処理あるいはマグネシウム添加による球状化黒鉛鋳鉄に限定して解することはできず、むしろ、一般に黒鉛球状化処理あるいは球状化黒鉛鋳鉄をいうと解するのが相当である。そうであれば、補正後の発明におけるダクタイル処理とは、必ずしもマグネシウムによる黒鉛球状化処理のみを指すということはできず、これを前提とする原告の右主張は採用することができない。
次に、前掲甲第一五号証によれば、第二引用例には、「高炉溶銑もしくはキユポラ溶銑を横吹転炉を用い、まず、溶銑に粉末脱硫剤吹込みを行い脱硫酸、酸素吹製を行いチタン等の元素含有量を一定量以下に減じた後、次に、これら溶銑に中性ガスもしくは還元性ガスと少量の脱酸剤を添加した後、固体炭素粉末にて接種を行い鋳造することを特徴とする鋳鉄及び鋳鋼の製造法。」(特許請求の範囲の項)、「実施例1ダクタイル高炉溶銑を直接使用した場合を次表に示す。」(第二頁右欄一三行目ないし一五行目)との記載のあることが認められ、右記載に徴し、第二引用例には高炉溶銑から一ヒートで(一度も型銑とすることなく)鋳物を製造することが記載されているということができる。
原告は、第二引用例に記載のものは、転炉からの溶銑と他の溶銑とを混合するものではなく、また、製品は単なる試験片であつて、鋳鉄管とは異なると主張する。しかし、補正却下決定は、転炉からの溶銑と他の溶銑とを混合することは、第一引用例における技術内容として認定しているのであつて、第二引用例における技術内容として認定しているものではなく、また、第二引用例の製品が単なる試験片であるとしても、第二引用例においてダクタイル鋳物の製造技術が示されていることには変りはない。原告の右主張は、補正却下決定における第二引用例の技術内容の認定を誤りとするに由ないものである。
以上のとおり、補正却下決定における第二引用例についての認定に誤りはない。
(相違点についての判断について)
溶銑中の炭素の低減量について、補正却下決定は、「第一引用例のものも、補正後の発明と同じように溶銑に酸素吹込み精錬を行つているのであるから、その溶銑中の炭素は燃焼により当然補正後の発明のものと同じような値にまで低減されている」としている。
成立に争いのない甲第一六号証の第3・5図は、溶銑に酸素吹込み精錬を行うと、溶銑中の炭素含有量は大略精錬時間に逆比例することを示している。
しかし、第一引用例の溶銑が炭素含有量不明、硅素含有量二・三五%ないし二・〇〇%、マンガン含有量〇・九三%ないし〇・五三%であるのに対し、甲第一六号証の溶銑は炭素含有量約四・三%、硅素含有量約〇・七五%・マンガン含有量約〇・九%である(第3・5図による。)から、両者は同じものではない。したがつて、第一引用例の精錬後の溶銑の炭素含有量について、第一引用例の精錬時間を基にし、あるいは第一引用例の硅素及びマンガンの含有量を基にして、それぞれの数値を甲第一六号証の第3・5図にあてはめて算出しても、いずれも正しい値が得られるとはいえない。
ところで、前掲甲第一三号証によれば、第一引用例のものにおいて、溶銑を酸素吹込み精錬するのは、溶銑中の炭素含有量を望みとおりの量に変化させることを容易に可能にさせるためであることが認められるところ、前掲甲第一六号証の第3・5図によれば、溶銑の酸素吹込み精錬において、炭素含有量を二%程度以下とすることは特異なことではないことが認められる。したがつて、精錬後の溶銑の炭素含有量を二%程度以下にすることは、当業者にとつて容易にしうることであるということができる。
そうであれば、第一引用例の溶銑中の炭素の低減量について、補正却下決定の述べるところは、溶銑中の元の炭素含有量等を考慮していない点において、正確であるとはいえないとしても、補正却下決定の結論に影響を及ぼすものではない。
次に、原告は、第二引用例の高炉溶銑は、ダクタイル高炉溶銑であるから、第二引用例の高炉溶銑から直ちに補正後の発明の一般高炉溶銑が第一引用例のキユポラ溶銑に代替して想到しうるとはいえないと主張するが、補正後の発明の明細書(前掲甲第七号証)によれば、補正後の発明に使用される高炉溶銑は、製鋼用銑、鋳物用銑、ダクタイル溶銑のいずれでもよい(第三頁一三行目、一四行目)のであるから、補正後の発明の高炉溶銑には第二引用例に記載されている高炉溶銑も含まれるのであつて、両者は異なるものではなく、原告の右主張はその前提において誤解があり、採用することができない。
さらに、原告は、第一引用例に記載のものにおいては、ダクタイル処理も行わず、製品が鋳鉄管でもないから、キユポラ溶銑を高炉溶銑に代え、ダクタイル鋳鉄管を製造することは容易でないと主張する。しかし、前掲甲第一五号証(第二引用例)によれば、溶銑に酸素吹込み精錬を行い、黒鉛球状化処理(ダクタイル処理)を施して鋳造する技術において、高炉溶銑とキユポラ溶銑とは代替しうる原料であることが認められるから、第一引用例のものにおいて、キユポラからの溶銑に代えて高炉溶銑を用い、ダクタイル処理を施してダクタイル鋳物を製造することは容易というべきである。しかして、ダクタイル鋳物の種類を周知のダクタイル鋳鉄管に限定することが容易でないとする特段の事由は認められない。原告の右主張は採用することができない。
右のとおりである以上、補正却下決定に誤りはない。したがつて、本件審決における本願発明の要旨の認定に誤りはなく、これを前提とする審決に誤りはない。
よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとする。
〔編註〕 本件における特許請求の範囲は左のとおりである。
1 昭和五〇年五月三〇日付手続補正書による補正前のもの(以下、単に「補正前の発明」という。)
「型銑にすることなく溶融状態のままにある高炉溶銑を転炉に移し、酸素吹込みを行つて溶銑中の炭素を燃焼せしめ、炭素含有量を二%程度以下に下げると共に、この時の反応熱によつて転炉内の溶銑の温度を上げ、しかる後、この溶銑と別の高炉溶銑とを所望の炭素量の溶銑が得られるよう両者共一度も型銑にして再溶融することなく溶融状態のままに混合し、これによつて得られた溶融状態の溶湯を鋳型に入れ鋳鉄管を製造する高炉溶銑より鋳鉄管を製造する方法。」
2 昭和五〇年五月三〇日付手続補正書による補正後のもの(以下、単に「補正後の発明」という。)
「型銑にすることなく溶融状態のままにある高炉溶銑を転炉に移し、酸素吹込みを行つて溶銑中の炭素を燃焼せしめ、炭素含有量を二%程度以下に下げると共に、この時の反応熱によつて転炉内の溶銑の温度を上げ、しかる後、この溶銑と別の高炉溶銑とを所望の炭素量の溶銑が得られるよう両者共一度も型銑にして再溶融することなく溶融状態のままに混合し、これによつて得られた溶融状態の溶湯をダクタイル処理した後、鋳型に入れダクタイル鋳鉄管を製造する高炉溶銑より一ヒートでダクタイル鋳鉄管を製造する方法。」